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西洋占いとは

西洋占いとは西洋占星術を指すことが多いため、ここでは西洋占星術について記載します。

西洋占星術(せいようせんせいじゅつ)は、西洋諸国で発達してきた占星術の体系である。ヘレニズム時代に成立した体系が基盤となっており、一般的にはホロスコープを用いる。占う対象に影響を及ぼすとされる諸天体が、出生時などの年月日と時刻にどの位置にあるかをホロスコープに描き出し、それを解釈する形で占う。

近代になって一般に広まったサン・サイン占星術では、太陽のあるサインを基にして占う。日本の雑誌などでよく見かける十二星座を基にした星座占いは、これを通俗化したものである。

占星術一般がそうであるように、西洋占星術もまた、近代的な科学の発展に伴って「科学」としての地位から転落し、科学史などでは疑似科学に分類されるのが一般的である。

■起源

西洋占星術の起源はバビロニアにあった。
バビロニアでは、紀元前2千年紀に天の星々と神々を結びつけることが行われ、天の徴が地上の出来事の前兆を示すという考えも生まれた。
『エヌーマ・アヌ・エンリル』(Enuma anu enlil, 紀元前1000年頃)はそうした前兆をまとめたものである。ただし、当時前兆と結び付けられていた出来事は、専ら君主や国家に関わる物事ばかりで、その読み取りも星位を描いて占うものではなく、星にこめた象徴的な意味(火星は軍神ネルガルに対応していたから凶兆とするなど)を読み取るものに過ぎなかった。

現代にも引き継がれている星位図を描く占星術は、天文学が発達し、惑星の運行に関する知識が蓄積していった紀元前1千年紀半ば以降になって興った(この頃も含め、古来、天文学と占星術の境界の曖昧な時代は長く続いた)。元々は暦のために整備された獣帯を占星術と結び付けることも、そのころに行われた。

現存最古の星位図は、楔形文字の記録に残る紀元前410年の出生星位図(ある貴族の子弟の星位を描いたもの)である。ただし、この時点では、後のホロスコープ占星術に見られる諸概念はほとんど現れていなかった。

エジプト占星術

古代ギリシャやローマの著述家たちは、占星術をしばしばカルデア人とエジプト人がもたらしたものとして叙述している。

確かに、紀元前4200年の星図をともなうエジプトの占星術の歴史は古い 。エジプト人の占星術は、太陽とシリウスの組み合わせが主役になっている。それが、エジプトに肥沃さと活力をもたらしてくれるナイル川の氾濫を予言するものとされた。

しかし、西洋占星術に直接関わるような概念の発達には、エジプト占星術はほとんど寄与していない。「エジプト起源」がかつて語られたのは、アレキサンダー大王の征服以後、ヘレニズム文化圏に組み込まれていたエジプト(特にアレキサンドリア)で、占星術が発達したことによって生じた誤伝らしく、正しくはヘレニズム時代における寄与と位置づけられるべきである。

ギリシャ人の占星術

332年にアレキサンダー大王によって占領された後、エジプトはギリシャの支配下にあった。そして、ヘレニズム文化が栄える中で、初めて本格的にホロスコープを用いる占星術が現れた。

出生時における星々の位置から個人の星位図をトレースする試みが普及したことは、西洋占星術へのギリシャ人の最大の貢献である。このシステムは「ホロスコープ占星術」と名付けられた。アセンダント(後述)はギリシャ語で「ホロスコポス」とも呼ばれていたからである(星位図そのものを「ホロスコープ」と呼ぶようになったのは、これが語源である)。ギリシャで大いに発展したとはいえ、その大部分はバビロニアからもたらされたものであった。

ホロスコープの普及は、春分点歳差の発見者とされるヒッパルコス(紀元前2世紀)以降のことである。かつて彼は占星術を生み出した人物であるかのごとく位置づけられたが、実際にはバビロニアで天文学と並行して発達した占星術の知識を、ヘレニズム世界にもたらした人物であったといえる。

そのバビロニアからもたらされたシステムは、後世作り上げられた完成の域にある程度達したものではあったが、ギリシャ人占星術師たちによっても、個人のホロスコープを描く上での重要な追加がなされはした。

プトレマイオスギリシャがローマ帝国の支配下に入った後も、専らギリシャ人たちによって占星術は発達を遂げた。ローマでもマルクス・マニリウスの『アストロノミカ』(西暦1世紀)などが現れたが、西洋のホロスコープ占星術の発展において特に重要だったのは、天文学者・占星術師クラウディオス・プトレマイオスの貢献である。天文学と占星術が未分化だった時代にあって、彼の天文学書『アルマゲスト』とともに、占星術書『テトラビブロス』(四つの書)は、その後の西洋占星術の伝統における基盤となった。『テトラビブロス』では第一の書で惑星の冷熱乾湿などの一般的原理が講じられ、第二の書で社会変化を占う占星術が、第三の書と第四の書で個人のホロスコープ占星術が論じられている。

ギリシャ人(特にプトレマイオス)のもとで、惑星(太陽、月も含む。後述)、ハウス、十二宮などが合理化され、それらの機能も策定された(今日のものは若干の修正が施されている。以下では必要に応じて古典的な解釈にも触れている)。

ローマの占星術

ローマ帝国では、既に見たように理論面ではギリシャ人に多くを負い、独自の発展はほとんど見られなかった。

歴代ローマ皇帝には占星術を重視する者も見られ、占星術師トラシュルスを重用したティベリウス、占星術で最期を予言されたことに怯え、実際に暗殺されたドミティアヌスなどがいたが、キリスト教の広まりとともに衰えた。西ローマ帝国滅亡後にも迷信的とされた通俗占星術は命脈を保ったが、当時「科学」の一端を担っていた占星術の理論体系は、ヨーロッパ社会からは失われた。中世のヨーロッパ社会では、ヴェズレーの大聖堂の彫刻など、獣帯を描いたものも見られたが、それらは主として暦を表していたに過ぎず、占星術との関連を論じるのは適切ではない。

イスラム世界の占星術

ヘレニズム時代に体系化されたシステムは、ほとんどそのままアラブ・ペルシャなどのイスラム世界の占星術師たちに引き継がれた。ダマスカスとバグダードにあった彼らの研究拠点では、ヨーロッパが忘れていた天文学、占星術、数学、医学などのギリシャ語の古典がアラビア語に翻訳され、大いに発展を遂げた。彼らの知識はヨーロッパに逆輸入され、ルネサンスの開始を助けた。

アル=キンディーアラブの占星術師たちのなかでは、占星術以外の翻訳でも大いに功があったアル=キンディー(アルキンドゥス)と、その弟子筋に当たるアブー=マーシャル(アルブマサル、Albumasar)が特に重要である。後述するように、アブー=マーシャルの著書『大序説』(ラテン語名Introductorium in Astronomiam)は、のちのヨーロッパに絶大な影響を及ぼした。もう一人重要なのが、ペルシャの数学者、天文学者、占星術師、地理学者アル=フワーリズミーである。彼の名前は「アルゴリズム」の語源としても知られる。

アラブ人たちは、天文学の知識も大いに増大させた。アルデバラン、アルタイル、ベテルギウス、リゲル、ヴェガなどの星々を最初に命名したのも彼らである。

占星術においては、彼らは「アラビック・パーツ」(Arabic parts)として知られる擬似的な天体を多数作成ないし再発見した。アラビック・パーツは実在天体ではないが、実天体の位置やハウスの境界であるハウスカスプの位置から計算されるポイントとそれに付加された名称、象意の総体である。最も有名なアラビック・パーツであるPart of FortuneはASC + Moon - Sunという式で計算される。

中世ヨーロッパ

中世ヨーロッパでは、11世紀頃まではアラブの占星術理論を受け入れられるだけの知的基盤自体がなかったが、いわゆる「12世紀ルネサンス」の中で、他の科学書とともに多くの占星術書がアラビア語からラテン語に翻訳され、占星術知識が再興・発展した。ヨーロッパの占星術師達はイスラム世界の占星術の技法を吸収し、またそこから新たな技法を見出すこととなった。

例えばハウス分割において現在主流であるプラシーダスの技法はイスラム起源であり、プラシーダスがヨーロッパで広まる500年前にアブラハム・イブン・エズラがこのハウスシステムの計算方法を述べている。

1130年頃から1150年頃までに、クレモナのジェラルドらによって、プトレマイオスの『アルマゲスト』『テトラビブロス』、アブー=マーシャル『大序説』、偽プトレマイオス『ケンティロクイウム』(百の警句)などが訳され、特にアブー=マーシャルはその後1世紀あまり占星術の権威と見なされた。占星術書を特に多く翻訳したのはセビーリャのフアンである。彼はアブー=マシャール、マーシャーアッラー、アル=カビーシーらの複数の著作、『ケンティロクイウム』などの翻訳をてがけたほか、自身でも『全占星術綱要』を執筆した(これは16世紀に出版された)。

古代ギリシャに存在していたとされるアストロラーベも、イスラム世界を経由してヨーロッパ人たちに再認識された。

しかし、イスラム世界の占星術の権威は長続きしなかった。西洋の占星術師たちが独自の技法を発展させていったことや、キリスト教神学者の間での議論の影響を受けたためである。神学者ではないが、ダンテもイスラム科学をキリスト教徒が使うことには批判的で、その影響を強く受けた占星術にも同様に批判的だった(彼は『神曲』の中で13世紀の代表的な占星術師グイド・ボナッティとマイケル・スコットを地獄に落としている)。ただし、こうした動きはイスラム世界起源の占星術書が全く省みられなくなったことを意味しない。特に15世紀以降の印刷革命に波に乗って、ルネサンス期には多くのアラブ系の占星術書が出版されたし、近世の著名な占星術師の一人ウィリアム・リリーは、否定的な見解を示しつつも、アラブの占星術も研究したと語っている。

さて、13世紀以降は、神学者たちの間で、占星術に関して大きく議論が戦わされた。スコラ哲学者の中では、アルベルトゥス・マグヌスやトマス・アクィナスが占星術に好意的な見解を示したが、他方でニコル・オレームは『判断占星術師論駁』のなかで、多面的な批判を繰り広げた。当時、判断占星術に対する評価は様々であった。チェッコ・ダスコリ(Cecco d'Ascoli)などは、キリストの誕生や最後の審判に関するホロスコープを作成したことを咎められて、1327年に火刑に処されている。

他方で、やや時代が後になるオレームの弟子ピエール・ダイイは、晩年判断占星術に強く傾倒し、歴史上の重大事件と天体の合の関連を研究した。彼はそれを未来にも適用し1789年に反キリストが出現すると予言した(この予言はルネサンス期に持て囃され、チュレル、ルーサ、ノストラダムスらが直接・間接的に踏襲する)。

このように、判断占星術が毀誉褒貶だったのに対し、占星医学はむしろ高級占星術として評価されることが多く、大学などでも受け入れられていた。このため、当時医学研究で主導的地位にあったサレルノ大学、ボローニャ大学、モンペリエ大学などの医学部でも、占星医学は講じられていた。また、1347年から1350年にペストが流行した際には、パリ大学医学部が、その原因は1345年3月20日に宝瓶宮で起こった木星、火星、土星の三重合にあったとする公式声明を出している。伝染病の流行と星位を結びつけるこうした言説は、現在でも「(星の)影響」を語源に持つ「インフルエンザ」などにその痕跡を見出すことが出来る。

中世後期には王侯貴族の中にも占星術を重用する者は少なくなかった。例えば、フランス王シャルル5世の場合、蔵書の2割(180冊)を占星術書が占めていたとされる。これは当時の他の王族の蔵書と比べても突出して高い比率であった。こうして、中世には、しばしば重要な政治的・軍事的決定には、占星術師の判断が仰がれることもあったのである。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』